セロトニン ―― よりよく生きるために必要な神経伝達物質
以前「シナプス」の話をしましたが、シナプスでは神経線維を伝わってきた電気信号が、神経伝達物質という化学物質に変わって、次の神経細胞に届きます。すると、次の神経細胞で再び電気信号になって神経線維を伝わっていきます。この神経細胞の電気刺激の間を取り持つ物質が、神経伝達物質とか神経修飾物質をよばれているものです。その代表的なものに、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンがあります。それぞれ、ドーパミンを神経伝達物質としてシナプスで放出する神経細胞、ノルアドレナリンを放出する神経細胞、そして、セロトニンを放出する神経細胞があります。
さて、今回の本題はセロトニンです。セロトニン神経細胞(セロトニンを神経伝達物質として放出する神経細胞)は、胎児期にも脳内全体にその神経線維が伸びています。セロトニン神経細胞には、2つの大きな役割があります。
1つめは、赤ちゃんが母体内にいる胎児期から、生後早期の脳がつくられる時期に、様々な神経細胞がシナプスをつくるところで大切な役割をになっています。以前お話しましたように、2歳頃までに、脳内でたくさんのシナプスが形成されますが、そのシナプス形成にセロトニン神経細胞が関わっていると考えられています。その後、シナプス形成に関わった多くのセロトニン神経細胞は、シナプスの刈り込みが始まる前の2歳頃に姿を消してしまいます。
2つめは、残っているセロトニン神経細胞の働きです。これが今回の話の本題です。セロトニンを神経伝達物質として持つ神経細胞は、脳の奥、脳幹の縫線核(ほうせんかく)というところに集中して存在していて、脳内のいたる所に神経線維が伸びています。
セロトニン神経細胞の働きを見てみましょう
規則正しい生活を維持
規則的な運動を維持
よい姿勢を維持
平常心を維持
折れない心を維持
衝動性、攻撃性を弱める
共感性、社会性を育てる
気分の落ち込みを防ぐ
精神的に不安定になることを防ぐ
将来に明るい展望を持つ
以上のような働きが知られています。
セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸ですが、人の体内ではつくることができない必須アミノ酸です。体内で作れないので、食品として摂取しなければなりません。大豆製品、乳製品、米、ごま、ピーナッツ、卵、バナナ、かつお節などに多く含まれています。
何がセロトニンの分泌を促すのでしょうか
規則的な筋肉運動がセロトニンの分泌を促します。
例えば、よく噛んで食べる、手を振って歩くといった、規則的な動きをすることです。
よく勧められているように、30回噛んで食べることは、消化を助けるだけではなく、セロトニンの分泌を促す効果もあります。早食い、大食い、ながら食い、孤食、不規則な食事(夜食、間食、欠食)、軟食化などはよくありません。
最近では、手を振って歩く行進のようなことをする機会はあまりないのかとも思いますが、昔は私も小学校でしていた記憶があります。今は高校野球の開会式の入場行進などで目にするくらいでしょうか。散歩、ジョギング、縄跳び、水泳、素振り、どんな運動でも規則性があればよいのではないでしょうか。運動が先か、セロトニンが先かわかりませんが、規則正しい運動をすることがセロトニンの分泌を促すとともに、セロトニンの分泌は規則的な運動や生活を維持します。日中に働く神経伝達物質ですので、朝日光をあびることも大切です。
セロトニンが欠乏するとどうなるのでしょうか
衝動性、攻撃性が高まり「キレやすく」なる
精神的に不安定になり、気分が落ち込み「うつ状態」になる
共感性、社会性が欠如し、相手を思いやることができなくなる
以上のような情動の変化や、精神状態の変化が見られます。
うつ病の治療薬について
選択的セロトニン再吸収阻害薬(SSRI)という薬がうつ病の治療に使われています。この薬は、情報が伝達されるシナプスのところで、分泌されたセロトニンがセロトニン神経細胞に再吸収されるのを抑える働きがあります。再吸収が妨げられることで、シナプスでセロトニンの作用が強められたり、長続きしたりします。セロトニンの働きを維持するように働く薬で、気分の落ち込みといったうつ病の症状を改善させる効果があります。
セロトニンは、人がよりよく生きるために必要な神経伝達物質といえます。
子どもたちを、友だちとなかよく遊んだり、困難に出会ったときに頑張れたり、失敗したときにも立ち直れたり、困っている人や具合の悪い人のことを心配したり、そういったことができる人間に育てる神経伝達物質(神経修飾物質)がセロトニンです。